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水戸地方裁判所土浦支部 平成6年(ワ)358号 判決 1996年3月28日

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは各自原告藤田善信に対し、別紙物件目録一の(一)ないし(五)記載の各土地について、真正な登記名義の回復を原因とする各持分移転登記手続をせよ。

二  被告らは各自原告藤田富子に対し、別紙物件目録三の(一)ないし(三)記載の各土地について、真正な登記名義の回復を原因とする各持分移転登記手続をせよ。

三  別紙物件目録四の(一)及び(二)記載の各建物が原告藤田富子の所有であることを確認する。

第二  事案の概要

一  明らかに認められる事実等

1  別紙物件目録一ないし三記載の各土地(以下「本件一〜三の各土地」などという。以下同じ。)は、もと藤田たけ子(以下「たけ子」という。)の所有であった。

2  たけ子は、平成三年一一月二三日死亡した。

3  本件当事者及び飯泉幸子(以下「幸子」という。)は、いずれもたけ子の法定相続人であるところ、たけ子と本件当事者及び幸子との身分関係は以下のとおりである。

(一) 原告藤田善信(長男、以下「原告善信」という。)……昭和二年六月二七日生

(二) 幸子(長女)……昭和五年三月四日生

(三) 被告豊島美智恵(二女、以下「被告美智恵」という。)……昭和七年三月一日生

(四) 被告藤田巌(二男、以下「被告巌」という。)……昭和九年八月九日生

(五) 原告藤田富子(三女、以下「原告富子」という。)……昭和一六年六月七日生

(六) 被告藤田泰信(三男、以下「被告泰信」という。)……昭和一九年一〇月一六日生

二  原告らの主張

1  請求の趣旨第一項及び第二項について

(一) たけ子は、昭和五四年九月九日までに、道林寺庫裏東側六畳間において、別紙遺言目録記載の内容を含む遺言書を、遺言の全文、日付(昭和五四年八月二七日付)及び氏名を自署押印し、訂正箇所には訂正した旨を付記してこれに自署押印して、自筆証書による遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成した。

そして、封書の表面に「遺言書」、裏面に本件遺言書の日付及び氏名を記載して本件遺言書を封じ、本件遺言書に用いた印章をもって封印した。

(二) 右封書(本件遺言書入り)は、被告巌が保管すると申し出て、そのまま被告巌が持ち帰った。

(三) 明らかに認められる事実等記載のとおり、たけ子は、平成三年一一月二三日死亡したが、被告巌は、同月二五日、「本件遺言書は破り捨てた。」と言い、平成四年一月五日にも、同様のことを言った。よって、本件遺言書は、被告巌によって、隠匿されたものである。

(四) 本件遺言書によれば、たけ子は、その所有の本件一の(一)ないし(五)の各土地を原告善信に、その所有の本件三の(一)ないし(三)の各土地を原告富子にそれぞれ遺贈している。よって、本件一の(一)ないし(五)の各土地は原告善信に、本件三の(一)ないし(三)の各土地は原告富子の各所有になった。

(五) しかるに、本件一の(一)ないし(五)の各土地及び本件三の(一)ないし(三)の各土地には、いずれも水戸法務局谷田部出張所平成五年三月一一日受付第三〇八三号をもって平成三年一一月二三日相続を原因として、被告らのために持分各六分の一ずつの所有権移転登記が存在している。

(六) よって、被告らに対し、各所有権に基づき、原告義信は本件一の(一)ないし(五)の各土地について、原告富子は本件三の(一)ないし(三)の各土地について、真正な登記名義回復を原因とする各持分全部移転登記手続を求める。

2  請求の趣旨第三項について

(一) 別紙物件目録四の(一)(以下「本件(一)の建物」という。)及び(二)(以下「本件(二)の建物」という。)の各建物(以下「本件各建物」という。)は、原告富子の所有である。その根拠は、以下のとおりである。

(1) 本件各建物は、本件遺言書で遺贈してくれることになっていた本件三の(一)の土地の上に建てたものである。

(2) 原告富子は、昭和五四年一〇月三一日、旭化成工業株式会社(以下「旭化成」という。)との間で代金一九〇三万円でヘーベルハウスの建物請負契約を締結した。これが本件(一)の建物であるが、同建物は、昭和五五年六月に完成した。

この建築資金は、原告富子の定期預金を取り崩した自己資金六〇〇万円に加え、原告富子の同僚の教員の夫から八〇〇万円、幸子から三〇〇万円及び原告善信から二〇〇万円を原告富子が借り受けて調達した。

(3) 本件(一)の建物は、本件原告富子の名義で請負契約を締結し、かつ、同名義で保存登記をすべきところ、当時原告富子は、前夫との離婚裁判中で、原告富子名義で保存登記をすると財産分与の対象にされてしまうおそれがあったため、原告富子は、その訴訟代理人の村山弁護士の助言に基づいてたけ子の名義で請負契約を締結し、かつ、登記を未登記にしておいた。

(4) 原告富子は、昭和五七年一月、本件(一)の建物の一階に八畳間を増築することとし、昭和五七年一月、旭化成との間で代金四八七万六〇〇〇円で建物増築請負契約を締結した。これが本件(二)の建物であるが、同建物(増築部分)は、昭和五八年五月に完成した。

この増築資金は、原告富子の預金の他、友人から三〇〇万円を借り受けて調達した。

(二) 本件各建物について、被告らは、原告富子の所有を争っている。

(三) よって、本件各建物が原告富子の所有であることの確認を求める。

3  被告らの後記主張は争う。

三  被告泰信の主張

1  原告らの主張は争う。

2  請求の趣旨第一項及び第二項について

原告ら主張の遺贈の基礎となる本件遺言書は、現存しないことは明らかであるところ、本件遺言書が存在しない以上遺贈の事実が認められるはずがないから、右各請求について、理由がないことは明白である。

3  請求の趣旨第三項について

本件各建物は、原告富子の所有ではなく、たけ子の所有であった。その理由は以下のとおりである。

(一) 本件各建物の請負契約の当事者は、原告富子ではなく、たけ子である。

(二) 本件各建物は、未登記であるが、たけ子の所有として固定資産税が課せられている。

(三) 原告富子主張の建築資金の出所が不明確である。

(四) 原告富子は、本件各建物の名義を原告富子にしなかった理由を離婚訴訟のためと主張するが、離婚訴訟の経過から見ても右主張は不自然である。

(五) 原告富子は、本件各建物の他に昭和六〇年七月に共同住宅を建築し、直ちに保存登記をしているが、本件各建物の五年後に賃貸アパートを建てることは、資金的に見て不自然である。

四  被告巌の主張

1  原告の主張は一方的であって、認めがたい。

2  本件遺言書はたけ子に返還した。たけ子が遺言書をどの様に処分したのかは分からない。

五  被告美智恵の主張

原告らの主張は争う。

六  主要な争点

1  本件遺言書が存在し、有効であるといえるか。

2  原告富子が本件各建物を所有しているといえるか。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  事実認定等

明らかに認められる事実等、証拠(甲一、二、三の1、2、四〜二二、三六、三七、証人幸子、被告巌、原告富子、原告善信、被告美智恵)及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。この認定に反する被告巌及び被告美智恵の供述部分は採用できない。

(一) たけ子は、昭和五四年六月ころ、遺言書を作成しようと考え、自己所有の土地の固定資産税関係の書類等を取り寄せ、相続させたい者の名を記入した上、被告巌の顧問弁護士であった村山廣二(以下「村山弁護士」という。)のもとに届けた。

村山弁護士は、右書類等を基にワープロで自筆証書遺言書の原稿を作成し(甲一)、被告巌を介して、たけ子の手元に届けた。

(二) たけ子は、昭和五四年八月二七日、村山弁護士が作成した原稿を、手本にして、ボールペンで別紙遺言目録の内容を含む遺言の全文、日付(昭和五四年八月二七日付)及び氏名を自署押印して、自筆証書による遺言書を作成した。たけ子は、右遺言書が正確であるかどうかを見てもらうために、再び村山弁護士のもとに届け、村山弁護士は、届けられた遺言書の誤り部分を訂正し、訂正方法を記載したもの(甲二)及び封書の書き方、封印の仕方を記載した封書の見本(甲三の1、2)を、被告巌を介してたけ子の手元に届けた。

(三) たけ子は、村山弁護士の指摘を受けて、昭和五四年九月九日、道林寺庫裏東側六畳間において、前記遺言書を訂正した(本件遺言書)。

そして、封書の表面に「遺言書」、裏面に本件遺言書の日付及び氏名を記載して本件遺言書を封じ、本件遺言書に用いた印章をもって封印した。

(四) 右封書(本件遺言書入り)は、被告巌が「自分で保管する。」と言うので、その場に居合わせた原告善信及び原告富子もこれを了承し、被告巌は、そのまま持ち帰った。

(五) たけ子は、心臓病のため昭和五四年一二月二三日から土浦協同病院に入院したが、昭和五五年三月、同病院を退院した後は、原告富子の町営住宅に身を置き、その後大腸癌を克服したものの、平成三年一一月二三日死亡した。

(六) 被告巌は、平成三年一一月二五日、「本件遺言書は破り捨てた。」と言い、平成四年一月五日にも、同様のことを言った。その後、平成五年四月二六日付け村山弁護士からの本件遺言書の引渡し要求に対しては同年五月三一日付け書簡で「遺言書は母の生存中に返還した。」と返答した。

2  法的評価等

右認定事実によれば、本件遺言書が存在すること及び本件遺言書が被告巌によって破棄又は隠匿されたことは認めることができるものの、本件遺言書が有効であるとまで認めることはできない。その理由は以下のとおりである。

(一) 原告は、「破棄が遺言者の故意によったものではないこと及び遺言の内容(遺言方式の適法なることも含めて)を証明してその有効性を主張することができる。」と主張する。

(二) しかし、仮に右の考え方を採用したとしても、遺言の方式は民法九六〇条以下に厳しく定められ、この様式に従わなければ遺言としての効力は発生せず、かつ、公正証書遺言以外の遺言の場合には家庭裁判所の検認手続を経なければならないこと等にかんがみるとその証明の程度は、当該遺言書が現存し、かつ、家庭裁判所における検認手続をしたものと同程度の証明が必要になるというべきである。

(三) 前記認定によれば、たけ子は、村山弁護士から遺言書の訂正方法を教えられたが、実際そのとおりの方法で遺言書を訂正したのか明らかではないし、本件遺言書に他の誤記を生ぜしめた可能性も否定できない。そうすると、本件における原告の証明が、遺言書が現存し、かつ、家庭裁判所における検認手続をしたものと同程度の証明があったものとは言い難い。

二  争点2について

1  事実認定等

前記明らかに認められる事実等、証拠(甲一、二、三の1、2、一一、二四、二八〜三一、三三、三六〜三八、乙一、二、証人幸子、原告富子、原告善信、被告美智恵)及び弁論の全趣旨(記録上明らかな固定資産評価証明を含む。)を総合すると以下のことを言うことができる。この認定評価等に反する甲三六、三七の陳述部分及び原告富子の供述部分は採用できない。

(一) 原告富子は、昭和四四年四月、中嶋和男(以下「前夫」という。)と婚姻したが、前夫の暴力等を理由として、昭和五二年五月ころから別居し、長女及び長男を連れてたけ子と同居することになった。

(二) そして、たけ子が原告富子に遺贈するつもりになっていた本件三の(一)の土地上に居宅を新築することになった。しかし、昭和五四年一〇月三一日、本件(一)の建物を建てるために旭化成との間で代金一九〇三万円でヘーベルハウスの建物請負契約を締結したが、注文者はたけ子名義になっている。

(三) 原告富子は、請負契約名義がたけ子名義になっている理由として前夫からの財産分与を請求される危険性を挙げるが、本件各建物は、原告富子が前夫と別居中に建築した建物であり、資金の出所を明らかにすれば、本件各建物が財産分与の対象となる可能性は低い。また、原告富子の争点1に関する主張によれば、「たけ子と被告泰信との折り合いが悪く、相続関係の紛争を避けるために遺言書まで作成した。」としているのであるから、本件建物について固定資産評価証明関係の所有名義をたけ子にすることは、後に被告泰信らとの間で紛糾を招く恐れが強い(現にそうなっている。)のであって、このことの方がはるかに危険である。そうすると、原告の説明は、請負契約名義や固定資産評価証明の名義をたけ子にした理由として不自然である。

(四) 原告富子は、当時資力に乏しかったところ、本件各建物の建築資金の捻出として、甲二三〜二七、四〇〜四二等(借入の証明等)を提出するが、借入の時期、返済期限・利息支払の定めがないことなど不自然な点が多く(後に作成可能な書証である。)、客観的な証拠としての証明力は弱いというべきであり、原告富子が真実資金調達をすることができたのかについての疑問を払拭することができない。

(五) 仮に、原告富子が資金を調達したものであるとしても、そのことだけで、原告富子の所有であると認定することは困難である。すなわち、前記事実関係を総合すると、原告富子がたけ子のために本件各建物を所有させる趣旨であったという可能性は払拭できない。

2  法的評価等

右認定評価等によれば、本件各建物の資金の一部について、原告富子が調達した可能性を否定することができないものの、客観的証拠である建築請負契約名義及び固定資産評価証明の所有名義等をも総合して判断すると、本件各建物の所有権が原告富子にあるとまで認定することは困難というべきである。

三  まとめ

1  そうすると、原告らの請求はいずれも理由がないことになるから、これを棄却することとする(なお、本件訴訟は、たけ子の相続人全員が当事者になる必要的共同訴訟になるという考え方もできるが、当裁判所は、その考え方をとらず、第一回口頭弁論期日において、他の被告らと幸子の弁論を分離し、幸子については、請求の趣旨第一項及び第二項の認諾を許可する取扱いをした。この点については、右請求の棄却によって、原告らと被告らとの間において、幸子が認諾した対象の本件一の(一)ないし(五)の各土地及び本件三の(一)ないし(三)の各土地について、たけ子の遺産としての性質が依然残存するものと考える。すなわち、仮に、本件各土地の所有名義が原告らに移転されたとしても、その遺産性が消滅するわけではなく、原告らの遺産共有持分が増加したまま遺産分割の対象になるものと解するべきである〔要するに、幸子の本件各土地に関する相続分が原告らに譲渡されたものと考える。〕。)。

2  よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小宮山茂樹)

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